三里塚の櫻
大町桂月

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)我孫子《あびこ》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)よく/\の事なる
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夜光命の手には四合入の瓢箪、裸男の手には三合入の瓢箪、誰の目にも其れと知らるゝ花見と洒落たり。
 大塚驛より日暮里驛までは電車、日暮里驛にて水戸行の汽車を待合はす。同じく電車を出でて、同じく待合はす一人の囚人、看守に引かれて、プラツトホームの一方に孤立す。誰も之に近づくを避く。中には、『泥棒々々』とさゝやく者もあり。夜光命は先年電車事件の際、東京市民の爲に起ち、兇徒嘯集罪に問はれて、獄に下されしことありける身也。この語を聞きつけて、『世人は囚人を見れば、直ちに泥棒なりと思ふこそ情けなけれ』とて、同情に堪へざるさま也。なほ語を次ぎて、『巣鴨監獄より小菅監獄に移さるゝものなるべし』と云ひしが、果して北千住驛に下りぬ。小菅監獄を右方數町の外に見る。これ夜光命が二年半の歳月を過ごしたる處とて、感慨無量なるべし。見えずなるまで目送す。
 我孫子《あびこ》驛にて、佐原行の汽車に乘換ふると共に、辨當を買ひ、瓢酒を飮みながら、之を食ふ。我孫子《がそんし》の『あびこ』を始めとし、木下《もくか》の『きおろし』、安食《あんしよく》の『あじき』、松崎《まつざき》の『まんざき』など、この佐原線には、難訓の驛名少なからず。湖北とて、支那めきたる驛名もあり。布佐驛あたりにて、右に手賀沼の一部分を望み、左に利根川をちらと見る。安食驛に至りて、右に印旛沼の大部分を望む。松崎驛を過ぎて、印旛沼と別るゝかと思ふ間もなく、成田驛に著き、多古行の輕便鐵道に乘換へて、三里塚驛に下る。
 不動の成田と仁王の芝山との中間、成田よりも三里、芝山よりも三里の標石ありたれば、三里塚と稱せりと聞く。實は芝山より二里強、成田より二里弱也。數方里の地御料牧場となれるが、その中心の三里塚附近は、この頃櫻の名所となれり。櫻樹の數、實に三萬五千本と稱す。驛を出でて、一二町にして土手に突當る。牧場の一部にて、土手の中に半開の櫻花列を爲す。左折すること二三町にして、
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