の如き雲も、中部は、薄きと見えて、富士の形、黒くあらはれ、其周圍は赤し。川上には、赤城山あはく見ゆ。日光山は男體のみ見えて、大眞子や、女貌や、雲の山の中に沒す。われ國府臺を顧みて、いとゞ感慨に堪へず。日清戰役、日露戰役ありて、武士道とは何ぞやなどと、やかましくなりたるが、武士道はすべてこの國府臺の戰の中にも、ふくまれたり。遠山、富永が屍の上の恥辱なりとて、死を決して先登をのぞみしも、綱成が功をゆづりしも、而して敵の不意を襲ひしも、安西伊豫守が我馬を主君にゆづりて、主君の身代りに立ちしも、三樂齋が死にのぞみて從容として敵に咽輪を教へしも、すべて武士道の精華也。武士道の要は、これ等に盡きたり。されどなほ逸すべからざる一大事件あり。松田左京進が已むを得ず赤子の腕をねぢて、無常をさとりし事也。腹に涙あるとは、かゝる事也。智も勇も、義も禮も、この涙ありてこそ也。之なくば、如何に猛きも、猛獸と異なる所なき也。義の爲には、水火も避けず。されど武夫は、ものの哀れを知る。これ日本の武士の特色也。
遠く古人に求むるまでも無し。近くは廣瀬中佐が武士道の權化也。日露戰役に於ける旅順閉塞の擧、壯烈鬼神を泣かし
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