吾嬬の森
大町桂月
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)木下川《きねがは》梅園も
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)さん/″\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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夜光命と裸男とに、山神を加へて三人、押上にて電車を下り、東に行くこと三町ばかりにして、柳島の妙見堂に至る。堂は先年火災に罹りたるが、新たに建てられたり。されど、靈松は二つながら枯れて、之に代るもの無し。稻荷に狐、妙見に白蛇、知らず、松の空洞の中の白蛇なほ恙なきや否や。近松門左衞門の碑、歌川豐國埋筆の碑などあり。このあたりに名高き橋本といふ料理店を左に見て、妙見橋を渡り、川に沿うて右折して萩寺に至る。小さき山門に小さき仁王あり。而も石製也。『東京に石の仁王あるは、雜司ヶ谷の鬼子母神と、田端の與樂寺と、瀧野川の金剛寺と、戸塚の亮朝院と、こゝとのみなり』と夜光命説明す。門内に萩の切株五六十あり。『もとはずつと多かりき。眞の名は龍眼寺なるが、萩多き故萩寺と稱す。その萩を植ゑたるに就き二説あり。其の一は、住持博奕を好み、殊に上手なりければ、往いて相手になる者、みな負けて剥取られたり。囚つて世人、剥寺と稱す。後の住持一計を案じ、萩を植ゑて、剥寺を變じて萩寺となしたりと。其の二は、もと此のあたりには追剥多く出でたれば、因つて世人、追剥を略して剥寺と稱す。住持萩を植ゑて、萩寺と稱せしむるに至れりと。二説いづれにしても、禍を轉じて福となす。氣の利きたる住持也。徒然草の榎木僧正とは、あべこべなり』と、夜光命説明すれば、『その榎木僧正とは』と山神問ふ。『良覺僧正とて極めて腹立ち易き坊主あり。坊の傍らに榎木ありければ、世人冷かして榎木僧正といふ。僧正怒りて榎木を切る。切株なほ存す。世人因つて切株の僧正といふ。僧正愈※[#二の字点、1−2−22]怒りて、其の切株を掘り取る。其の跡池となる。世人因つて堀池の僧正と云へり』と夜光命重ねて説明す。裸男、山神を顧み、『卿も榎木僧正の仲間に非ずや』と云へば、『口が惡い』とて嗔る。『その嗔るが兪※[#二の字点、1−2−22]以て榎木的なり』と冷かせ
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