處の蓙は、三人にて占めたり。そこには月影させるを以て、三人の顏さやかに見ゆ。二人は洋服の紳士、一人は丸髷の年若き女也。白粉のにほひ、この女より洩れ來たる。三人とも、よく饒舌りて語り合ふ。男は友人同士にて、一瓶のビールを分ち合ふ。女は、どちらかの細君と思へど、さうでもなし。船に乘る少し前に、知合となりたるにて、夫は下室に殘し、凉味を取らむとて、己れ一人甲板に上りたるにて、所謂怪しき女にてもなし。中等社會の奧樣也。然るに、其顏を見れば、多情の相也。甘つたるき口付にて、『宿は客を好めど、妾はうるさくて堪まらず』など、はしたなきことを、臆面もなく吐露す。馬鹿は馬鹿にしても、奧樣然として居ることか、昨今の知合にて、己れに接する男にしなだれかゝる。藤の蔓の、杉にからまるも啻ならざる有樣。さすがに男も友人の手前を憚りてや、ふと身を轉じて、天上の明月を見る。
 裸男の蓙にては、老いたる女、先づ横になる。若き女も暫らくして横になる。艫の男女三人も横になる。甲板の上、幾んど横にならぬものはなし。二人三人、横にはならざるが、體を曲げて眠れる樣子也。裸男ひとり正坐す。これ裸男が唱ふる所の正坐法を實行する也。

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