風あれども、波たゝず。如何に船に弱き人とて、この船には醉はざるべしと思はるゝばかり也。而も凉しく、而も月明かに、船は靜に金波銀波の上を行く。この凉味と快味とは、少なくとも裸男の二三年以來には知らざりし所也。されど夜の二三時となりては、凉しさ過ぎて、むしろ寒さを覺ゆ。眠くなりては、正坐も苦しくなりぬ。されど身を横にするの餘地なし。若き女起き上りて、餘地あり。身を横にす。幾時間か眠りけむ、眼をさませば、月落ちて、日未だ出でず。曙色天に滿ちて、品川の砲臺、近く船尾に見えたり。[#地から1字上げ](大正五年)



底本:「桂月全集 第二卷 紀行一」興文社内桂月全集刊行會
   1922(大正11)年7月9日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:H.YAM
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年8月26日作成
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