つ。浦賀に寄航したる時には、乘客多し。米國海軍提督ペルリの始めて所謂黒船を寄せたりけむ、そゞろに嘉永の昔を思ふ。裸男の蓙に、二人づれの男と二人づれの女と、幾んど同時に來りしが、男の方はすばやく坐り込む。女の方は腰だけを蓙の上に卸してしやがむ。側に今一枚だけ蓙を敷く餘地あり。裸男ボーイを呼びて、蓙を持ち來らしむ。ボーイ蓙を敷くより早く、二人づれの男周章てゝ之に移りて、直ちに横になる。女代りて漸く坐ることを得たり。禮のつもりにや、一人の女、袂より鹽煎餅二枚を取りて、裸男に呉れむとす。之を辭すれば、『毒は入り居らず』とて、別に一枚袂より取り出して食ふ。手にせる煎餅を引込めさうにもせず。止むを得ず、受取りて袂に入る。
晝を欺くばかりの月夜なれども、頭上にズツクの假屋根あるを以て、居まはりは薄暗くして、女の顏はさだかならざるが、いづれも上方の語音を帶びたり。一人は五十ぐらゐにて痩せたり。一人は三十五六にて、太れり。其腰殊に大也。裸男に煎餅を呉れたるは、その肥れる女にて、『風が凉しいの、月が好いの』と、頻に話しかくれど、裸男は唯※[#二の字点、1−2−22]うん/\とのみ答へぬ。
艫の一段高き
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