ゆけば、われを不忍池畔の一酒樓に導きぬ。酒到る。大小妓數名來たる。あゝわれ圖られたり。昨夜舟中の費用は、われこれを辨じけるが、江戸兒氣の瑞村、そのまゝにしては置かれず、言を余の好める圍碁に託して、余を此の酒樓に誘ひ出したるなり。
十年の歳月は、夢の如くに過ぎぬ。瑞村と相逢ふことも稀なりしが、此頃同じく大久保村に住めるを以て、朝夕相往來す。今日この行を共にし、舟中より墨堤を指點して、感いとゞ切なり。當年舟を止めし處、舊に依りて蘆荻はや芽を吐きたり。あゝ山水は移らずして、人事は非なり。われ逝く水に對して、覺えず涙を墮す。悲しいかな、香峰は才子多病の喩へに洩れずして、其の後間もなく病みて逝きぬ。知らず、墨陀の二嬌、今在りや無しや。[#地から1字上げ](明治四十四年)
底本:「桂月全集 第一卷 美文韻文」興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年5月28日発行
入力:H.YAM
校正:門田裕志、小林繁雄
2009年1月13日作成
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