と、足音も荒く、さっさと帰ってしまった。

          五

 さて、大月弁護士が、司法主任への約束を果したのは、それから二日目の、天気のよく晴れ渡った日暮時のことであった。
 大月と司法主任は、東室の長椅子《ソファー》に腰掛けて、窓の方を向いてお茶を飲んでいた。
 司法主任は、相変らず御機嫌が悪い。焦立《いらだ》たしげに舌打ちしながら、やがて大月へ云った。
「まだですか?」
「ええ」
「まだ、出ないんですか?」
「ええ、もう少し待って下さい」
 そこで司法主任は改めてお茶を飲みはじめた。が、暫くすると、一層焦立たしげに、
「いったい、その怪しげな奴とやらは、確かに出て来るんですか?」
「ええ、確かに出て来ますとも」
「いったい、そ奴は何者です?」
「いや、もう間もなく出て来ます。もう少し待って下さい」
「……」
 司法主任は、不機嫌に外を向いてしまった。
 空は美しい夕日に映えて、彼方の箱根山は、今日もまた薄霧の帳《とばり》に隠れている。
 裏庭の広場では、どうやら安吉老人が薪《たきぎ》を割り始めたようだ。きっと浴室の煙突からは、白い煙が立上っているに違いない。
 と、不意に
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