を進めた。
 食事が済むと、なに思ったのかステッキを提《さ》げて、闇の戸外へ出て行った。そして東側の林の方へ、妙な散歩に出掛けはじめた。が間もなく帰って来ると、人々の相手にもならず、黙り込んで二階へとじこもってしまった。皆は口もきかずに顔を見合わせる。
 翌朝――
 司法主任が元気でやって来た。
 昨日の家宅捜査で見事に物的証拠を挙げた彼は、東京に於ける亜太郎の葬儀が済み次第、不二を検挙する旨を満足げに話した。けれども大月は一向浮かぬ顔をして、うわの空で聞いていたが、やがて主任の話が終ると、突然意外なことを云いだした。
「あなたはまだ、川口が殴り殺されたのだと思っていられますね」
「な、なんですって?……立派な証拠が」
「勿論、その証拠に狂いはないでしょう。川口の致命傷は、確かにあの絵具箱の隅でつけられたものに違いありますまい。けれども川口は、あの絵具箱で殴り殺されたのではないのですよ」
「と云うと?」
「独りで転んだ時に、絵具箱の隅に触れたんです」
「飛んでもない? 川口は立派な遺言を残して……」
「ありゃあそんな遺言じゃ有りません。もっと外に意味があります」
「と云うと?」
「それ
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