ちりば》めて鮮かにも奇怪な一大裾模様を織りなし、寒々と彼方に屹立する富士の姿をなよやかな薄紫の腰のあたりまでひッたりとぼかしこむ。東の空にはけれどもここばかりは拗者《すねくれもの》の本性を現わした箱根山が、どこから吹き寄せたか薄霧の枕屏風を立てこめて、黒い姿を隠したまま夕暗《ゆうやみ》の中へ陥ちこんで行く。やがて山荘の窓には灯がともった。その窓に慌だしげな人影がうつる。云い忘れたが岳陰荘は二階建の洋館で、北側に門を構え、階下は五室、二階は東南二室からなり、その二室にはそれぞれ東と南を向いて一つずつの大きな窓がついていた。川口亜太郎の死はこの二階の東室で発見された。
まだ旅装も解かぬままにその上へ仕事着《ブルーズ》を着、右手には絵筆をしっかりと握って、部屋の中央にのけぞるように倒れている亜太郎の前には、小型の画架《イーゼル》に殆ど仕上った一枚の小さな画布《カンバス》が仕掛けてあり、調色板《パレット》は乱雑に投げ出されて油壺のリンシード・オイルは床の上に零《こぼ》れ、多分倒れながら亜太郎がその油を踏み滑ったものであろう、くの字なりに引掻くように着いていた。
急報によって吉田町から駈けつ
前へ
次へ
全27ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング