ませんでしたか?」
「いませんでした」
「御主人以外の誰れか」
「誰れもいません」
「ははア」
司法主任は割に落付きすました美しい不二の眼隈《めくま》の辺《あたり》を見詰めながら、これでこの女が嘘をついているとすればまるッきりなんのことはない、と思った。そして決心したように立上ると、参考人と云う名目で、金剛と不二の二人を連行して、本署へ引挙げることにした。
苦り切って一行に従った金剛蜻治は、警察署のある町まで来ると、昨日東京を発った時に見送ってくれた別荘主の津田白亭に、まだ礼状の出してなかったことに気がついた。そこで郵便局へ寄途《よりみち》して礼状ならぬ事件突発の長い電報を打った。
白亭からは、いつまで待っても電報の返事は来なかった。が、その代り、その日の暮近くになって、白亭自身、一人の紳士を連れて蒼徨《そうこう》としてやって来た。紳士と云うのは、白亭とは中学時代の同窓で、いまは錚々《そうそう》たる刑事弁護士の大月対次《おおつきたいじ》だ。愛弟子《まなでし》の変死と聞いて少からず驚いた白亭が、多忙の中を無理にも頼んで連れて来たものであろう。
やがて二人は司法室に出頭して、主任か
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