ざいます。
 申し忘れましたが、奥様の御墓所は谷中墓地でございまして、田端のお邸からはさして遠くもございませんので、私共は歩いて参りましたのでございますが、なにぶん旦那様の学校がお退《ひ》けになりましてから、お供したのでございますので、道灌山を越して、谷中の墓地に着きました時には、もうそろそろ日も暮れ落ちようという、淋しい時でございました。
 奥様の御実家の、御墓所の位置は、以前にもおいでになったことがございまして、旦那様はよく御存知でございますので、早速お花を持ってそちらへお出掛けになるし、私は、井戸へお水を汲みに参ったのでございます。ところがお水を汲みまして、私が、一足遅れて御墓所のほうへ参ろうといたしますと、たったいまそちらへお出掛けになったばかりの旦那様が、こう、青いお顔をして、あたふたと逃げるように引き返しておいでになり、
「急に気持が悪くなったから、これで帰ろう。自動車を呼んでくれ」
 とおっしゃるのでございます……いやどうも、全くびっくりいたしました。私としましては、折角《せっかく》そこまで参ったのでございますから、とてもそのまま引き返したりなぞしたくなかったのでございま
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