伺ったんでございますが、なんでも下駄の内側を擦り減らすのは角力取りに多いので、それは角力取りの一番力のはいるところが、両足の拇指《おやゆび》のつけ根だからだそうでございます。それから、奥様の御実家は、皆様揃って角力好きで、舌を噛み切って死んだその角力取りは、御実家で特に贔屓にしていらっしゃる、茨木部屋の二枚目で、小松山《こまつやま》という将来のある力士だったそうでございます。
 ――いや、どうも、奥様の幽霊の正体が、お角力取りとは思いも寄りませんでしたが、それでも私は、奥様が不行跡をなさるようなお方でないことは、初めっから固く信じておりましたようなわけで、こうしてことの起こりが贔屓角力とわかってみれば、やっぱり私の考えが正しかったのでございます。学者気質で、少し頑《かたく》なな旦那様には、お可哀そうに、どうしても、贔屓角力の純な気持というものが、おわかりになれなかったのでございましょう……。
 ――やれやれ、とんだ長話をいたしましたな。では、ここらで御無礼さしていただきます……。



底本:「怪奇探偵小説集1」ハルキ文庫、角川春樹事務所
   1998(平成10)年5月18日第1刷発
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