今度のことが起きあがるしばらく前に、御離縁になって、お気の毒な最期をおとげになった、問題の、夏枝《なつえ》様とおっしゃる奥様は、旦那様とは十二違いの三十四におなりでございましたから、この方がまた、全く新聞に書いてあった通りの御器量よしで、そのうえお気立てのやさしい、よくできたお方でした……こう申しては、なんですが、二年前にこの老耄《おいぼれ》が、学校の方の小使を馘《くび》になりました時に、お邸の方の下男にお引き立てくださったのも、後で女中から聞いたことですが、みんな奥様のお口添えがあったからでして、なんでも、旦那様はどちらかというと、口|喧《やかま》しいお方でしたが、奥様は、いかにも大家の娘らしく、寛大で、淑《しと》やかで、そのために御夫婦の間で口争いなぞこれっぽちも、なさったことがございませんでした。
 ……申し忘れましたが、奥様は、旦那様と違って生粋《きっすい》の江戸ッ子で、御実家は人形町の呉服屋さんで、かなり盛んにお店を張っていらっしゃいます……で、まあ、そんなわけで、御夫婦の間にお子様こそございませんでしたが御家庭は、まずまず穏やかに参っていたわけでございますが、ところが、それ
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