怪我人が喘ぎ喘ぎ云った。紳士は早速運転手に手伝わせて怪我人を抱き上げ、自動車《くるま》の中へ運び込んだ。
「……すみません……」怪我人が苦しげに息づきながら云った。「……わっしア、ご覧の通り……夜旅のもんです……あいつめ、急に後ろから来て……わっしが、逃げようとするほうへ……旦那……なにぶん、お願いします……」
怪我人はそう云って、もうこれ以上|喋《しゃべ》れないと云う風に、クッションへぐったりと転《ころが》って、口を開け、眼を細くした。
紳士は大きく頷いて見せると、鞄を持って運転手の横の助手席へ移った。
「さあ出よう。大急ぎだ。箱根までは、医者はないだろう?」
「ありません」
自動車は、再び全速力で走りだした。
とうとう峠にやって来た。
道が急に平坦になって、旋回している航空燈台の閃光が、時々あたりを昼のように照し出す。もう此処《ここ》までやって来ると、樹木は少しも見当らない、一面に剪《か》り込んだような芝草山の波だ。
と、向うから自動車が一台やって来た。ヘッド・ライトの眩射が、痛々しく目を射る。――先刻《さっき》のクーペだろうか?
だがその自動車《くるま》は[#「
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