いなに[#「なに」に傍点]様だろう?」
「箱根の別荘から、熱海へ遠征に出た、酔いどれ紳士かなんかでしょう」
運転手が投げ出すように云った。
「追馳《おっか》けてみようか?」
「駄目ですよ。先刻《さっき》からやってるんですが……自動車《くるま》が違うんです」
紳士は首を屈《かが》めて、外の闇を覗き込んだ。――急に低くなった眼の前の黒い山影の隙間を通して、突然強烈な白色光が、ギラッと閃《ひらめ》いて直ぐに消えた。紳士はなにやら悲壮な尊い力を覚えて、ふと威儀を正した。
その瞬間のことだった。不意に自動車《くるま》がスピードを落し、ダダッと見る間に彼は前のめりになって、思わず運転手の肩に手を突いた。――急停車だ。
二
見れば、ヘッド・ライトの光に照らされて、前方の路上に人が倒れている。首をもたげてこっちへ顔を向けながら、盛んに片手を振っている。
運転手はもう自動車《くるま》を飛び降りて馳けだして行った。紳士もあたふたとその後《うしろ》に続いた。倒れていたのは、歳をとったルンペン風の男だった。ひどい怪我だ。
「……いま行った……気狂い自動車《やろう》ですよ……」
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