て来た。紳士は二人を見較べるようにしながら、重々しい調子で云った。
「――僕は、刑事弁護士の大月《おおつき》というものだが、たとえあのクーペが有名な実業家の自動車《くるま》であろうと、いやしくも人間一人を轢《ひき》逃げにするからは、断じて見逃さん。君達は、自分の良心に恥じるがいい」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
 あとから出て来た事務員が乗り出した。額の広い真面目そうな青年だ。
「お言葉ですが、ハッキリお答えします。――この箱根口の停車場《スタンド》へは、貴方《あなた》がたの自動車《くるま》以外に、クーペはおろか猫の仔一匹参りません!」

          四

 それから数分後――電話を掛ける大月氏のうわずった声が、ベルの余韻に押かぶさるようにして、停車場《スタンド》の中から聞えて来た。

 ――ああ、もしもし――十国峠の停車場《スタンド》ですか?……箱根口です、先刻《さっき》の怪我人を乗せた自動車の者だがね、そちらへあのクーペが戻って行かなかったかね?……え?……なに、行かない……やっぱり、そうか……ううん、こちらにもいない……本当にいないんだ、全々《ぜんぜん》来ないそうだ、途
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