残して再びスーッと光の尾が襞※[#「ころもへん+責」、第3水準1−91−87]《ひだ》の向うへ走り去る。同じところをグルグル廻っているようだが、それでいて少しずつ高度を増して行く。
 タクシーらしいが最新型のフェートンだった。シェードを除《と》った客席では、一人の中年紳士が黒革の鞄を膝の上に乗せて、激しく揺《ゆら》れながらもとろとろとまどろみ続ける。背鏡《バックミラー》で時どきそれを盗み見ながら、ロシア帽子の運転手は物憂い調子でハンドルを切る。
 この道はこのままぐんぐん登りつめて、やがて十国峠から箱根峠まで、岳南《がくなん》鉄道株式会社の経営による自動車専用の有料道路《ペイ・ロード》に通ずるのだ。代表的な観光道路で、白地に黒線のマークを入れた道路標識が、スマートな姿体で夜目にも鮮かに車窓を掠《かす》め去る。
 やがて自動車は、ひときわ鋭いヘヤーピンのような山鼻のカーブに差しかかった。運転手は体を乗り出すようにして、急激にハンドルを右へ右へと廻し続ける。――ググググッと、いままで空間を空撫《からな》でしていたヘッド・ライトの光芒《ひかり》が、谷間の闇を越して向うの山の襞※[#「ころもへ
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