人間」に傍点]じゃアないですね」
「よく判りました。とにかく、早速下りて見ましょう」
 警部補の発言で、人々は自動車《くるま》を捨てて谷際《たにぎわ》へ立った。ヘッド・ライトの光の中へ屈み込んで調べると、間もなく道端の芝草の生際《まぎわ》に、クーペが谷へ滑り込んだそれらしい痕がみつかった。
「この辺《あたり》なら下りられますね。傾斜《スロープ》は緩《ゆる》やかなもんですよ」
 夏山警部補はそう云って、山肌へ懐中電燈をあちこちと振り廻しながら、先に立って下りはじめた。
「夏山さん」後から続いて下りながら、大月氏が声を掛けた。「それにしても、犯人が堀見氏のお嬢さんだって、なにか証拠があるんですか?」
「兇器ですよ」警部補は歩きながら投げ捨てるように云った。「婦人持ちの洒落《しゃれ》たナイフに、十七回誕生日の記念文字が彫ってあるんです。しかも、今年の春の日附まで……そして、お嬢さんの富子さんは、今年十七です」
 大月氏は黙って頷くと、そのまま草を踏付けるようにしながら、小さな燈《あかり》をたよりに山肌を下りて行った。が、やがてふと立止った。
「夏山さん……生れて、二つになって、第一回の誕生日が来る。三つになって、第二回の誕生日が来る……そうだ、今年十七の人なら、十六回の誕生日ですよ」
「えッ、なに?」
 警部補が思わず振返った。
「夏山さん……十七回の誕生日なら、ナイフの主は十八ですよ」
「十八?……」と警部補は、暫く放心したように立竦んでいたが、直ぐに周章《あわ》ててポケットからノートをとり出し、顫える手でひろげると、「いやどうも面目ない。全くその通りですよ。それに……ちゃんと十八の娘があるんです」
「誰です、それは?」
「女中の敏やです!」
 恰度この時、警官の懐中電燈に照らされて、山肌の一寸平らなところに、ほぐくれたような大きな痕がみつかった。
「あそこでもんどり[#「もんどり」に傍点]打ったんだな。自動車が……」
 大月氏が叫んだ。
「もう直ぐだ。急ぎましょう」
 人々は無言でさまよいはじめた。このあたりから、茨《いばら》や名も知らぬ灌木が、雑草の中に混りはじめた。やがて大月氏が枯れかかった灌木の蔭で、転っていたクーペの予備車輪を拾いあげた。人々は益々無言で焦《あせ》り立った。小さな光が山肌を飛び交して、裾擦れの音がガサガサと聞える。と、警部補がギクッとなって立止
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