った。
直ぐ眼の下の窪地に、まがいもないクリーム色のクーペが、真黒な腹を見せて無残な逆立ちをやっている。
警部補も大月氏も無言で窪地へ飛び下りると、クーペの扉《ドア》を逆さのままにこじ[#「こじ」に傍点]開けた。
「おやッ」と警部補が叫んだ。
自動車《くるま》の中は藻抜けの空《から》だ。けれどもやがて大月氏は、屈み込んで、操縦席の後のシートの肌から、血に穢《よご》れて異様にからまった、長い、幾筋かの白髪《しらが》を掴みあげた。
全く無残なクーペの姿だった。硝子《ガラス》と云う硝子《ガラス》は凡《すべ》て砕け散り、後部車軸は脆《もろ》くもひん[#「ひん」に傍点]曲って、向側の扉《ドア》は千切り取られて何処かへはね飛ばされていた。細々《こまごま》とした附属品なぞ影も形もない。
けれども間もなく人々は、その千切り取られた扉口から向うの雑草の上にまで、点々として連らなる血の痕をみつけた。犯人は、負傷こそすれ奇蹟的に助かっているのだ。人々は直ぐに血の痕をつけはじめた。
「こりゃア、髪の白い娘――と云うことになったね……ふン、いったいあなたは、どんな証拠を押えたんです? そのナイフと云うのを見せて下さい」
大月氏の言葉に、歩きながら警部補は、不機嫌そうにポケットからハンケチに包んだ例のナイフをとり出した。
大月氏は、歩きながらそのナイフを受取って、電気の光をさしつけながら象牙の柄に彫られた文字を読みはじめた。がやがてみるみる眼を輝かせながら立止ると、警部補の肩をどやしつけた。
「あなたは、この日附が見えなかったんですか? まさか盲じゃアあるまいし……ね、二月二十九日に誕生日をする人は二月二十九日に生れたんでしょう。ところが二月二十九日は閏年《うるうどし》にあるんで……だからこの人の誕生日は四年に一度しか来ないわけで。その人が十七回の誕生日を迎える時には、幾つになると思います。……六十過ぎですよ」
「判った」
警部補があわてて馳け出そうとすると、大月氏は不意に手を上げて制した。
直ぐ眼の前のひときわ大きな灌木の茂みの向うで、ガサガサと慌しげな葉擦れの音がした。人々は足音を忍ばせて近寄った。茂みの蔭を廻ったところで、警部補が懐中電燈の光をサッと向うへ浴びせかけた。
思ったよりも小さな、黒い、四つン這いになったものが、苦しそうにチンバをひきながら、それでも夢中で草
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