時速十|哩《マイル》の徐行だ。
けれどもこの捜査の困難さは、半|哩《マイル》と走らない内に、人々を焦躁のどん底へ突き落した。谷沿いの徐行だから、ヘッド・ライトの光の中には、谷に面した道路の片端がいつも見えているのだが、路面は全く乾燥していて、何処から滑り落ちたか車の跡さえ判らない。せめて道端に胸壁でもあって、それが壊れていれば墜落個所の見当はつくのだが、この道は人の通らない自動車専用の道路だから、そのような胸壁や駒止めも、白塗のスマートな奴が処々《ところどころ》装飾的に組まれてあるだけで、とんと頼りにならない。
無意味な、憂鬱な捜査が暫く続いて、やがて自動車《くるま》は、胸壁のない猛烈なS字型のカーブに差しかかった。警部補は苛立《いらだ》たしげに舌打ちする。自動車はクルリとカーブを折れて、いままでの進路と逆行するように、十国峠の方を向いて走りだした。
S字カーブの尻は、大きな角張ったC字カーブになっている。Lの字を逆立ちさせたような矢標《やじるし》のついた道路標識を越して、二十|米突《メートル》も走った時だった。なにを見たのか大月氏は不意にギクッとなって慌しく腰を浮かしながら、
「止めて下さい!」
――巡査は直ぐにブレーキを入れた。
大月氏は扉《ドア》を開けてステップの上へ立ち上ったまま中の巡査へ云った。
「この向きで、このままバックして下さい……そう、そう……もっと、もっと……よろしい、ストップ!」
人々には、サッパリわけが判らない。
大月氏は助手席へ就くと、以前の姿勢に戻って云った。ひどく緊張した顫え声だ。
「さあ、もう一度今度は前進して下さい。最徐行で頼みます――おっと、問題のクーペは、ルーム・ランプが消えていたんだ。室内が明るくちゃアいかん。消して下さい」
自動車は灯を消して動き出した。
「いったい、どうしたんです?」
暗《やみ》の中で警部補が堪兼《たまりか》ねたように叫んだ。
「いや判りかけたんです。真相が判りかけたんです。いまに出ますよ」
「何が出て来るんです?」
「直ぐですから待って下さい」
自動車は先刻《さっき》の位置へ徐行を続ける。C字カーブの終りの角の直前だ。道がグッと左に折れ[#「左に折れ」に傍点]ているので、ヘッド・ライトの光の中には、真黒《まっくろ》な谷間の澄んだ空間があるだけだ。
前を見ていた大月氏が、突然叫んだ。
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