許さなかったんでしょう。むろん船員達は、荒男の集まりだけに、金にさえなれば根室なんかどうでもいい。一匹千円からする鯨のほうが、どれだけいいか判らない――とまア、そんなわけで、かれこれ一年たってしまいます。……ところが、ここに困った事は、独り者の船員達はともかくも、根室に妻子を置いてある砲手の小森ですよ。むろんあの男も、始めは他の船員達と同じ気持だったんでしょうが、段々日を経るにつれて、心の中に郷愁が芽生える。しかし船長《マスター》は、危険を覚えて、絶対に妻子のところへ帰さない。が、盛上る感情って奴は、押えたって押え通せるものではないですよ……根室の近くへ漁に来たチャンスを掴んで、とうとう小森砲手は、脱走してしまったんです……」
「ふーム」と船長が始めて口を切った。「成る程、それで、あとをつけた船長《マスター》の手で、あの惨劇が起されたわけですわ。……いや、よく判りました。実に御明察ですわい」
船長は、甲板に立って、改めて辺りを見廻すのだった。
海には、まだ大きな鯨共が、逃げもせずにグルグルと船の周囲《まわり》をまわっていた。それは不思議な景色だった。捕われた捕鯨船の船首砲には、その
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