「ああ、ごもっともです」と東屋氏は急にすまなさそうに首を振りながら、「いや申上げます。なんでもないんですよ。……あなたは、釧路丸の最高速度を、十二|節《ノット》と再三云われましたね……問題は、それなんですよ。ま、考えて見て下さい。その十二|節《ノット》の釧路丸は、欝陵島の警察からの報告によれば、殺人事件の前々日に、あの島の根拠地を出漁したんでしょう?……ところが、欝陵島から根室までは、最短八百五十|浬《カイリ》もあります。それで、釧路丸が最高速度で走ったとしても、ええと……七十時間、まる三日はかかるんですよ……いいですか、つまり殺人のあった晩に根室へはいった船は、断じて釧路丸ではないんです」
船長は、紙のように白くなりながら、喘《あえ》ぎ喘ぎ云った。
「じゃア、いったい、この船は?」
「この船は、去年の秋に、日本海溝附近で沈んだ筈の、北海丸ですよ」
「……」
皆が呆れはてて黙ってしまうと、東屋氏は、やおらタラップを登りながら、切りだすのだった。
「いや、捕鯨史始って以来の、大事件です……実はこう云う私も、この丸辰さんに船長《マスター》を鑑定させるまでは、その確信も八分位いしかなかっ
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