いし、どうだい、こうしている間に、ちょっとこの下のしぶき[#「しぶき」に傍点]のかかりそうな波打ち際を散歩してみないかい」
というわけで、やがてわたし達は、灯台の根元の波打ち際へ降り立った。
そこでは、闇の外洋から吹き寄せる身を切るような風が、磯波《いそなみ》の飛沫《ひまつ》とガスをいやというほどわたし達に浴びせかけた。けれどもすぐにわたし達は、塔の根元の一番|烈《はげ》しい波打ち際の一段高くそびえた岩の上で、おなじような岩片《いし》が飛沫にぬれていくつも転がっているのを、ほとんど手さぐりで発見した。
ところがはからずもわたしは、おなじ岩の上で、わたしの足元から、岩の裂け目をクネクネと伝わって、一本の太い綱が、波打ち際から海の中へ浸《ひた》っているらしいのを、拾い上げた。はてな? と思って引っ張って見ると、ずるずると出てくる。いい気になって手繰《たぐ》りよせる。なかなか長い。やがてその先端がきたかと思うと、妙なことに、そこにはまた別の、今度はずっと細い紐《ひも》の先がしっかり撚《よ》りつけてある。引っ張る。ところがこれがまたおなじようになかなか長い。やっと全部手繰り終ったわたしは、
「妙なものですね」
とわれながら妙な声を出した。すると今までずッとわたしの奇妙な収穫物をみつめていた東屋氏は、
「……こいつア面白くなってきた。ねきみ、これが考えられずにいられるものか!」
そう言ってわたしからその綱を取り上げると、
「何に使ったものか、聞いてみよう」
と歩きだした。
構内へ戻ると、ちょうど倉庫の前で三田村技手が、針金の束を引っ張り出してしきりになにかやっている。東屋氏は早速始めた。
「この綱は灯台のでしょう?」
「そうです。倉庫にいくらも入れてあるやつです。おや、こんな紐のついたのは……はて、どこから拾ってこられたんですか?」
けれども東屋氏は答えようともしないで、しきりに暗《やみ》の空をふり仰いでいたが、やがて突飛もないことを訊《き》きだした。
「この灯台の高さは、ランプ室の床《ゆか》までで三十メートルでしたね。じゃあきみ、この綱の長さを計って下さい」
三田村技手は、手もとの巻尺ではかり始めた。
「……綱も紐も、両方とも二十六メートルずつあります」
「なに二十六メートル?……待アてよ?」
とまたしばらく闇空《やみぞら》を睨《にら》めていたが、
「ね、三田村さん。あの回転ランプの重量《めかた》は、どれぐらいあります?」
「さあ、一トンはあるでしょう」
「一トン……一トンというと二百六十六貫強ですね。じゃああのランプをグルグル廻しながら、三十六メートルの円筒内を下って来る、あの原動力の重錘《おもり》というか分銅は、随分重いでしょうね?」
「そうですね、八十貫は充分ありましょう……大きな石臼《いしうす》みたいですよ……そいつがジリジリ下まで降り切ってしまうと、また捲《ま》き上げるんです」
「なるほど、最近捲き上げたのはいつですか?」
「昨日の午後です」
「じゃあ今夜は、分銅はまだ塔の上のほうにあったわけですね?」
「そうです」
「いやどうも有難う。あ、それから、この無電室でちょっと一服やらしてもらいますよ」
そう言って東屋氏は、わたしを引っ張って無電室へ入ると、ドアをしめて、
「さあきみ、少しずつわかって来たぞ。まずはぼくの組み立てた仮説を聞いてくれたまえ」
四
東屋氏はそばの椅子《いす》に腰をおろすと、一服つけながら、話し始めた。
「まず、化け物にせよ人間にせよ、とにかくあの不敵な狼藉者《ろうぜきもの》が、この太い綱の一方の端をあの塔の頂きのランプ室から、玻璃窓の下の小さな通風孔をとおして、外の高い岩の上へたれておく。それから下へ降りて来て岩の上で例の岩片《いし》をたれている太い綱の端でしばっておいてふたたび塔上へ登る。そしてランプ室においてあるほうの綱の端を、旋回機の蓋《ふた》をあけて、円筒内の頂きへほとんど一杯に上っている分銅の把手《とって》へ、かたわな[#「かたわな」に傍点、底本では誤って「かたわ」に傍点]結びというかひっとき[#「ひっとき」に傍点]結びというか、とにかくそれで縛りつけ、そのちょっと引っ張ると解けるひっとき[#「ひっとき」に傍点]結びの短い一端へ、この細紐をこのとおりに結びつけて、さて旋回機のウィンチに捲きついているロープを、そうだ、あの手斧《ておの》で叩ッ切る。すると……」
「ああつまり釣瓶《つるべ》みたいだ」
とわたしは思わず口を入れた。
「百貫近いその分銅のすさまじい重力を利用して、大石を暴れ込ましたというんですね。だが、そうすると、玻璃窓や機械のこわれる音とほとんど同時に、分銅の地響きがしなければなりませんが」
「もちろんその点も考えたよ」と東屋氏もつづける。
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