膝頭をガクガク顫わしながら戸惑っていたが、不意に屈《かが》みこむと、
「おやッ。こいつァ……?」
と叫んで前のめりになった。成る程木戸のすぐ内側には、ビール瓶のようなものが微塵に砕けて散らばっている。見れば病舎の便所に備えつけた防臭剤のガラス瓶だ。そしてその附近一帯に、もう乾枯《ひから》びて固くなりかかった赤黒い液体の飛沫《しぶき》が、点々と目につきだした。女中が黄色い声をはりあげた。
「鳥山。なにか引きずった跡じゃない?」
赤沢夫人の指差す先の地面には、たしかになにか重いものを引きずった跡が、ボンヤリと病舎の方へ続いている。そいつを縫うようにして赤黒い零《しずく》の跡がポタリポタリ……
三人は声を呑んでまろぶように跡をつけだした。直ぐに板塀に沿って病舎の外れの便所へ来た。床板のないセメント張りの土間だ。だがその土間を覗き込んだ三人は、瞬間アッともギャッとも云いようのない恐怖の叫びをあげて釘づけになってしまった。
土間一面の血の海で、その血溜りの真ン中へのけぞるように倒れた人は、昨夜のままのパジャマを着た明らかに赤沢院長の無惨な姿だった。血海の中に冷く光っているガラス瓶の欠片《
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