……せ、せんせいィ……大変だァ……」と四号室から一号室へ、続く廊下を押切って、まだ寝ている母屋のほうへバタバタと駈けこんで行った。
「……大変だ。大変でス。患者がみんな逃げてしまいましたぞォ……」
 間もなく屋内が、吃驚《びっくり》した人の気配で急に騒がしくなった。
「先生はどうしました。先生は?」
「向うの寝室に……早く起して下さい」
「向うの寝室には見えません」
「いらっしゃらない?」
「とにかく、患者が皆逃げちまいました」
「空室には?」
「全部いません」
「先生を起して……」
「その先生が見えません」
 やがて鳥山看護人と赤沢夫人、続いて女中の三人が、しどけない姿で運動場へ飛び出して来た。
 ――大変だ。こうしてはいられない。
 宇吉を先頭にして三人の男女は、早速病院の中から外の雑木林の中まで、眼を血走らせながら手分けで探しはじめた。が、狂人共はいない。そして間もなく人々は、今にも泣きだしそうな顔をして、裏木戸の前へ落集《おちあつま》った。
「……でも、先生は、どうしたんでしょう?」
 女中がおどおどしながら云った。
 物音に驚いた鴉共が、雑木の梢で不吉な声をあげだした。宇吉は
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