と、院長の屍体を見たい旨を申出た。
「ハイ、まだお許しがございませんので、お通夜も始めないでおります」
 云いながら宇吉は、蝋燭に火をともして病舎のほうへ二人を案内して行った。
 二号室の前を通ると、部屋の中から、帰って来た「歌姫」のソプラノが、今夜は流石に呟くような低音で聞えていた。三号室の前まで来ると、電気のついた磨硝子《すりガラス》の引戸へ大きな影をのめらして、ガラッと細目に引戸を開けた「怪我人」が、いぶかしげな目つきで人々を見送った。四号室から先方《さき》は電気が廃燈になっているので、廊下も真暗だ。
 宇吉は蝋燭の灯に影をゆらしながら、先に立って五号室へはいって行った。
「まだ棺が出来ませんので、こんなお姿でございます」
 宇吉は云いながら、蝋燭を差出した。
 院長の屍骸は、部屋の隅に油紙を敷いて、その上に白布をかぶせて寝かしてあった。博士は無言で直ぐにその側へ寄添うと、屈み込んで白布をとり退《の》けた。そして屍骸の右足をグッと持ちあげると、宇吉へ、
「灯《あかり》を見せて下さい」
 と云った。
 顫える手で、宇吉が蝋燭を差出すと、博士は両手の親指で、屍骸の足裏をグイグイと揉み
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