は快活に笑いながら、
「いや、結構です。では成るべく早く、その可哀相な気狂いが、自分の頭を叩き潰《つぶ》して死ぬようなことのない先に、捕まえてやって下さい」そう云って立上りながら、博士はつけ加えた。「この事件には、教えられるところが多々ありますよ……誰でも、気をつけなければいけません……」

          三

 精神病院を引きあげた吉岡司法主任は、それでも何故か気持が楽だった。
 松永博士の教えに従えば、脱走した狂人が一般人へ対して暴行すると云う危険性が、いくらかでも緩和されたわけだ。三人の狂人、或はその内の一人は、もう他人を傷付けることよりも、まず抜き取って来た「先生」の脳味噌を、自分のそれと取替えることに夢中になっているのだ。だが、なんと云う気狂いじみた恐ろしいことだ。
 吉岡司法主任は、一つの不安が去った代りに、もう一つの別の恐怖に冷汗をかきながら、本部に収《おさま》ると、やっきになって捜査の采配を振りつづけた。
 だが、流石《さすが》に専門家の鑑定は見事に当って、やがて司法主任の努力は、段々|酬《むく》いられて来た。
 まず、その日の夕方になって、脱走狂人の一人「歌姫」
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