くそれどころではないのであった。だから伝さんが、その婦人客達のことについて考えこむようなことがあったとしても、それは精々、お客にでもあぶれた退屈な時くらいのものであった。
ところで、伝さんの気づきはじめた婦人客達というのは、成る程考えてみれば、全く奇妙な旅客達であった。
それは、東京駅から汽車に乗る客ではなく、東京駅で汽車から降りる客の中にあって、殆んど毎日きまって、一人ずつ現れるのであった。毎日、違った顔の婦人ばかりで、容貌といい身装《みなり》といい、それぞれ勝手気儘で、ほかの婦人客と別に違ったところがあるようでもなかったが、しかし必らずその客は、東京駅着午後三時の急行列車から降りるのであった。そして、よく気をつけてみると、必らずその急行列車の前部に連結された三等車の、前から三輛目の車から降りて来るのであった。しかも、いつでもその婦人客達には、一人の人の好さそうな男が出迎えに出ていて、その出迎えの男に持たせる手荷物には、きまって、赤インキで筆太に、三の字を書いた、小さな洒落《しゃ》れた荷札がついているのであった。
旅客の持っている手荷物、乃至《ないし》は手荷物を持っている旅客の
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