は落着きを失いまして、ひどくそわそわしはじめたのでございます……」
夫人が一寸言葉を切ると、東屋氏が口を入れた。
「失礼ですが、その頃に御来客はなかったですか?」
「ございませんでしたが」
夫人が眉を顰《ひそ》めた。すると東屋氏は、扉《ドア》の方を顎で指しながら、
「只今の黒塚さんと被仰《おっしゃ》る方は?」
「あの方のお出《いで》になったのは、九時頃でございます」
「ああ左様《そう》ですか。ではその前、つまり御主人がそのようになられる前に、御主人と話をされたような御来客はなかったですな?」
「ええ、お客様はおろか、昨日《きのう》は郵便物もございませんでした。もっとも、いつだって、此処《ここ》を訪ねて下さる方は、滅多にございませんが――」
夫人はそう云って先程のあの淋しげな顔色をチラッと見せた。が、すぐに次を続けた。
「……でも確かに、なにかひどく心配なことが起きたに違いございません。それは心配、なぞと云いますよりも、いっそ恐怖とでも申しましょうか……こう、ひどく困った風であちらの別館《はなれ》の方の船室《ケビン》の書斎へ籠りまして、暫く悶えてでもいたようでございましたが、恰度心
前へ
次へ
全65ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング