安気な様子で、「いつの間に出掛けましたか……なんでも今朝の七時に主人の寝室に参りました時、始めてそれと気づいたほどでございますので……それに、主人が夜中に帆走《セイリング》をいたすことなぞ、それほど珍らしくもございませんので……」
この時東屋氏が、怺《こら》えかねたように傍らから口を入れた。
「失礼ですが、御主人は、なぜ夜中になぞ帆走《セイリング》をなさるのですか?」
すると夫人は困ったように、
「……あれが、あの人の、道楽なのでございます」
そう云って淋しそうに、笑うとも泣くとも判らぬ表情《かお》をした。
「いつも御主人は、お独りで帆走《セイリング》されるんですか?」
私が訊ねた。
「はい……でも、時々家人を誘いますので、そのような時には、下男に供をさせることにいたしておりました。でも――」
「昨晩は?」
「昨晩は一人でございましたが――」
恰度この時、二人の紳士が室内へはいって来た。私達は満たされぬ思いでひとまず口を噤《つぐ》んだ。深谷夫人は立上って、二人の紳士を私達へ紹介した。
「こちらが、主人の友人で黒塚《くろづか》様と被仰《おっしゃ》います。こちらが、私の実弟で洋吉
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