白くなって来た」
 私は思わず呟いた。東屋氏は笑いながら、
「いやどうも有難う……ではもう、この位でいいだろう。引揚げよう。おっと、この二枚の帆の装置と云うか、トリムと云うか、固定された方向だね。こいつは、右舷の前方から吹き寄せる風に、ひとりでに押されるように仕掛けられた訳だ。そして、左寄り約十度に固定された舵――ははあ、つまり、船を自然に大きく左廻りに前進させようと云う――泡のある吹溜りで深谷氏の同乗者が仕掛けたテクニックだな。よし。さあ出掛けよう。君、その石を持ってくれ給え」

          三

 東屋氏は大きな方の石を、私は小さな方の石を、お互に重そうに抱えて、崖道を登りはじめた。軽く吹き始めた潮風が、私達の頬を快く撫で廻す。下男の早川は、ヨットの艫綱《ともづな》を岩の間の杭に縛りつけたり、船小屋からシートを取り出してヨットの船体《ハル》へ打掛けたりしていたので、私達よりもずっと遅れてしまった。
 私達が崖道を半分ほども登った時に、深谷家の女中が馳け下りて来て、仕度が出来たから昼食を認《したた》めるよう申出た。
 ところが東屋氏は、早速彼女をとらえて短刀直入式に質問を始め
前へ 次へ
全65ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング