船尾《スターン》寄りの小さな船艙に眼をつけて、再び戻ると、その蓋を開けて中を覗き込んだ。が、やがて身をかがめてその中へぐっと上半身を突込むと、黒い大きな貝をひとつ拾いあげた。
「おや、面白い貝だね」私は覗き込むようにして云った。「恰度鳥の飛んでいるのを横から見たような恰好だね。なんと云う貝だろう?」
「マベ貝だよ。穢《きたな》い貝さ」
東屋氏が云った。すると下男が、
「この附近には、そんなものはいくらもあります」
けれども東屋氏は暫く黙ってマベ貝を弄《いじ》っていたが、やがて面白くもなさそうに再び貝を船艙に戻しながら、
「……どうも確かに、深谷氏と云うのは、変り者だね。よくよく海と縁が深いらしい……」
云いながら彼は、片手を船縁《ふなべり》に掛けるようにしてヨットから飛び降りた。そして今度は白く塗られた船体《ハル》の外側に寄添って、船底の真ん中に縦に突き出した重心板《センター・ボード》の鉛の肌を軽く平手で叩いて見ながら、
「いいヨットだなあ。バランスもよさそうだ」
と急に重心板《センター・ボード》の下端部を、注意深く覗き込みながら、
「こりゃ君、粘土が喰っ附いてるじゃあないかね
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