白くなって来た」
私は思わず呟いた。東屋氏は笑いながら、
「いやどうも有難う……ではもう、この位でいいだろう。引揚げよう。おっと、この二枚の帆の装置と云うか、トリムと云うか、固定された方向だね。こいつは、右舷の前方から吹き寄せる風に、ひとりでに押されるように仕掛けられた訳だ。そして、左寄り約十度に固定された舵――ははあ、つまり、船を自然に大きく左廻りに前進させようと云う――泡のある吹溜りで深谷氏の同乗者が仕掛けたテクニックだな。よし。さあ出掛けよう。君、その石を持ってくれ給え」
三
東屋氏は大きな方の石を、私は小さな方の石を、お互に重そうに抱えて、崖道を登りはじめた。軽く吹き始めた潮風が、私達の頬を快く撫で廻す。下男の早川は、ヨットの艫綱《ともづな》を岩の間の杭に縛りつけたり、船小屋からシートを取り出してヨットの船体《ハル》へ打掛けたりしていたので、私達よりもずっと遅れてしまった。
私達が崖道を半分ほども登った時に、深谷家の女中が馳け下りて来て、仕度が出来たから昼食を認《したた》めるよう申出た。
ところが東屋氏は、早速彼女をとらえて短刀直入式に質問を始めた。
「こちらの御主人は、いつも夜中に海へ出て、いったい何をされるんですか?」
「さあ……」
と彼女は驚いたように眼を瞠《みは》りながら、
「でも、夜中にヨットへお乗りになるのは、キャプテンの御趣味なんですもの……」
「随分変った趣味ですね……貴女《あなた》も、お供をしたことがありますか?」
「ええ、暫く以前のことですが、一度ございます……綺麗な、お月夜でございました」
「ただこう、海の上を帆走《はし》り廻るだけですか?」
「ええ。でも素晴らしい帆走《セイリング》ですわ」
「お月様でも出ていればね」
と東屋氏は話題を変えて、「時に、昨日の夕方、他所《よそ》からのお客さんはありませんでしたか?」
「夕方ですか? ええございませんでした」
「黒塚さんは?」
「あの方は九時過ぎでした」
「電話は?」
「電話? ええ、掛りません。あの電話は、殆んど飾りでございますわ」
「昨夜御主人は、なにを心配して見えたんですか?」
「え?……さあ、少しも存じません。なんでも大変、お顔の色は悪うございましたが――」
彼女は不審気に東屋氏を見た。
「では昨夜は、誰れと一緒にヨットへ乗られたんですか?」
「
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