してしまうまで発火坑には用はない。いや何よりも、第一手のつけようがないのであった。
 鎮火の進行状態は、技師の検定に委ねられた。採炭坑には、どこでも通風用の太い鉄管が一本ずつ注がれていた。一人だけあとに残った技師は、鉄扉の上の隙間から、塗込められた粘土を抜け出して片盤坑の一層太い鉄管へ合流している発火坑の通風管を、その合目から切断してしまうと、その鉄管の切口から烈しい圧力で排出されて来る熱|瓦斯《ガス》の分析検査にとりかかった。
 時どき炭車《トロ》を押した運搬夫《あとむき》達の行列が、レールの上を思い出したようにゴロゴロ通って行った。騒ぎの反動を受けて急に静かになった片盤坑の空気を顫わして、闇の向うから、気の狂った峯吉の母の笑い声が、ケタケタと水|瓦斯《ガス》のように湧きあがって来た。
 黒い地下都市の玄関である坑内広場は、もう平常の静けさに立返っていた。滝口坑はこの夏までに十万|噸《トン》の出炭をしなければならない。僅かの変災のために、全盤の機能が遅滞することは一分間といえども許されなかった。闇の中から小頭達の眼が光り、炭車《トロ》もケージも、ポンプも扇風器も、一層不気味に静まり返
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