てしまえば、その一坑の焔さえも、やがて酸素を絶たれて鎮火してしまう。採炭坑は、謂わば炭層の中に横にクリあけられた井戸のようなもので、鉄扉を締められた入口の外には蟻一匹這出る穴さえないのであった。
 間もなく塗込め作業が完了した。この時が恰度午前十時三十分であったから、発火の時間は恐らく十時頃であったろう。けれども塗込作業の終った時には、もう発火坑内にはすっかり火が廻ったと見えて、熱の伝導に敏感な鉄扉は音もなく焼けて、人びとに不気味な火照《ほてり》を覚えさせ、隙間に塗りたくった粘土は、薄いところから段々乾燥して色が変り、小さな無数の不規則な亀裂が守宮《やもり》のように裂けあがって行った。
 技師も工手も監督も、一様に不気味な思いに駆られて妙に苦り切ってしまった。やがて急を聞いて駈けつけた請願巡査が、事務員に案内されてやって来ると、坑内係長は不機嫌に唾を吐き散らしながら、巡査を連れて広場の事務所のほうへ引上げていった。小頭達も、それまでその場に坐り込んだまま動こうともしない峯吉の父親を引立てて、同じように引きあげて行った。
 監督は、工手を指揮してその場の跡片附をしはじめた。もうこれで鎮火
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