云った。
「この死人をよく見てくれ。都合で監督の猿股などはかされているが、お前には、見覚えのある体だろう」
始め女は、死人におびえて立竦んでいたが、やがて段々死人のほうへ前かがみになると、誰の顔とも判らぬまでに烈しく引歪められたその顔に、灼きつくような視線を注ぎながら、進み寄り、屈みこんで、不意に妙な声をあげて死人の体を抱えあげながら、振返って嗄《しゃが》れ声で云った。
「うちの、峯吉です」
六
その頃、滝口坑では全盤に亘って、技師の洩らした言葉が激しい衝撃を与えていた。始め一番坑から続々出坑して、あと半数ほどに残されていた坑夫達の間には、ひとたび海水浸入の事実が知れ渡ると、もうそこには統制もなにもなかった。人びとは炭車《トロ》を投げ出し、鶴嘴を打捨てて、捲立《まきたて》へ、竪坑へ、潮のように押寄せて行った。広場の事務所では、何処からかかるのか電話のベルがひッきりなしに鳴り続け、滝口立山の両坑を取締る地上事務所から到着した救援隊は、逃げ出ようとする坑夫達と、広場の前で揉合っていた。
どん尻の炭車《トロ》に飛び乗って、竪坑口へ急《いそぎ》ながらも、しかし係長
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