ようなものは、なかったではないか」
「ありましたとも。係長。しっかりして下さいよ。我々はあの発火坑で重大な発見をしたではありませんか。密閉された筈の峯吉がいないという大発見を、いやそんなことではない。もっと大きな発見、あの天盤の亀裂と塩水です!」
 この言葉を聞くと、辺りに立っていた坑夫達の間には、異様な騒ぎが起りはじめた。海水の浸入! この事実に較ぶればいままでの殺人事件なぞ、坑夫達にとってはなんでもない。技師は、燃上る瞳に火のように気魄をこめて、人々を押えつけながら係長へ云った。
「片盤を開けて下さい。そしてもう、炭車《トロ》を皆出してやって下さい」
 やがて幾人かの小頭の、あわておののく手によって、重い鉄扉が左右に引き開かれると、片盤坑の中からワアーンと坑夫達のざわめきが聞えて来た。汗にまみれた運搬夫《あとむき》の女達が、小麦色の裸身をギラギラ光らして炭車《トロ》を押出して来ると、技師は進み出て呶鳴りつけた。
「皆んなここで石炭をブチ撒けて引きあげろ。炭《タン》をあけて行くんだ」
 女達は瞬間技師の奇妙な命令に顔を見合せて立止ったが、すぐその側から係長が黙って頷いているのを見ると
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