たがいないんだ」
 すると菊池技師は、落着いた調子で、意外なことを云いだした。
「いったいあなたは、誰を捜しに入坑したんです?」
「え? 誰を捜しにだって?」係長は思わずうろたえながら、「犯人にきまってるじゃアないか」
「いやそれですよ。あなたはさっきから犯人犯人と云われたが、いったい誰のことを云われるんです?」
「なんだって?」
 係長は益々うろたえながら、
「坑夫の峯吉にきまってるじゃアないか」
「峯吉?」
 と云いかけて菊池技師は、困ったような顔をしながら黙ってしまった。が間もなく側の炭車《トロ》へ腰かけながら、静かに改まった調子で口を切った。
「いや、実は私も、さっきあなたと一緒にこの片盤にはいった頃には、まだ犯人が誰だか、よく判らなかったんですよ。それで片盤坑に確かに犯人を閉込めてはいながら、いったい誰を捜してよいのか、犯人犯人と抽象ばかりで、誰を捕えたらそれが犯人になるのか、サッパリ判らなかったんです。しかしいま私は、その具体を掴むことが出来た」
 菊池技師は炭車《トロ》から腰を降ろすと、係長の前まで歩み寄って、あとを続けた。
「私の掴んだ具体は、どうやら、あなたの掴んだ具
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