片盤を止める?」
 係長が眼を瞠《みは》った。
「そうです」
「冗談じゃアないよ。仕事を罷《や》めるなんて……」
「だって、我々と行違《ゆきちがい》に、犯人がこちらへ逃げ出して来たらどうします」技師が云った。「どうです。この片盤だけでしたら、三十|噸《トン》位のものでしょう? 係長。それ位の犠牲でしたら、ひとつ思い切って止めて下さい。危急を要する場合ですよ」
「どうも君は、算盤《そろばん》よりも狩猟のほうが好きらしいね」
 係長が仕方なく苦笑すると、技師は直ぐに片盤坑の入口の大きな防火扉を引寄せて、水平坑道でうろたえ始めた坑夫や小頭に事情を含め、係長と一緒に片盤坑へ飛び込むと、外側から防火扉を閉めて、小頭に閂《かんぬき》をかけさした。折から来合せた左片盤の炭車《トロ》の行列は、直ぐにこの異常な通行禁止にぶつかると、峯吉の塗込めがあったばかりなので、夢中になって騒ぎはじめた。が、人びとは自分達と同じように密閉された係長や技師を見ると、直ぐにこれが悪性の密閉ではなく、なにか事情があっての通行禁止であることに気がつき、やがて起きはじめた騒ぎも、追々静まって行った。
 ところが、そうして出合う
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