十時半前と云えば、発火坑の塗り込めの完了したのが恰度十時半であり、その時にはまだ丸山技師はピチピチしていたのであるから、十時半前に出坑した岩太郎とお品がどうして技師を殺害することが出来よう。これで四人の嫌疑者のうち二人までが同時に嫌疑の圏内から抜け出てしまった。残りは二人だ。
係長は、ひとまず岩太郎とお品を控室にとどめて置いて、次に峯吉の父親を呼び込んだ。
「お前は、あの時、左片盤の小頭に連れられて、何処かへ行ってしまったな。いったい何処へ行っていた?」
すると死んだ魚のような目をした老坑夫は、声を出すたびに腹の皮へ大きな横皺を寄せながら、
「それは、小頭さんに、訊いて下さい」
と云った。
左片盤の小頭は、食堂で昼飯を食べていたが、係長の命令で直ぐに呼び出された。
「君はあの時、発火坑の前からこの男を連れ出して来ただろう。それからどこへ連れて行ったんだい?」
「この親爺」と小頭は笑いながら答えた。「あの時腰が抜けてたんです。それで、救護室へ連れて行ったんですが……、さっき私がその救護室へアンペラをとりに行った時に、やっと起きあがりはじめた程で……看護夫も手を焼いとりましたよ」
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