大きな声で呶鳴りつけようとでも思ってか、息を呑みこむようにしたが、直ぐに気持を変えて、割に優しく口を切った。
「お前は、さっきあれから、妹を抱えて何処へ行った」
「……」
「何処へ行ったか?」
 しかし岩太郎は、係長と向合って腰掛けたまま、脹《ふく》れ面をして牡蠣《かき》のように黙っていた。
 巡査がまごついて横から口を出した。
「もっとも、何ですよ、この男とあの女は納屋から連れて来たんですがね……」
 納屋と云うのは、竪坑を登った坑外の坑夫部落の納屋のことであった。係長は巡査へは答えずに、岩太郎へ云った。
「わしの訊いとるのは、あれからお前が、真ッ直ぐに納屋へ行ったかどうか、と云うことなんだ」
 すると岩太郎が、やっと顔をあげた。
「真ッ直ぐに行った」
 ぶっきら棒な返事だった。
「間違いないな?」
 係長の声が引締った。岩太郎は、黙ったまま小さく頷いた。
「よし」係長は傍らの小頭の方へ向直って云った。「ひとまずこの男は、そちらの部屋へ待たして置け、それから、お前は直ぐに竪坑の見張へ行って、この男が何時に女を抱えて出て行ったかシッカリ訊いて来るんだ」
 小頭は、すぐに岩太郎を連れて出
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