めて頷かれるような狂暴奇怪な形をとって、異変が滝口坑を見舞ったのは、まだ四月にはいったばかりの寒い頃のことであった。地上には季節の名残りが山々の襞《ひだ》に深い雪をとどめて、身を切るような北国の海風が、終日陰気に吹きまくっていようと云うに、五百尺の地底は、激しい地熱で暑さに蒸《む》せ返っていた。そこには、一糸も纒《まと》わぬ裸の世界があった。闇の中から、臍《へそ》まで泥だらけにして鶴嘴《つるはし》を肩にした男が、ギロッと眼だけ光らして通ったかと思うと、炭車《トロ》を押して腰に絣《かすり》の小切れを巻いた裸の女が、魚のように身をくねらして、いきなり飛び出したりした。
 お品《しな》と峯吉《みねきち》は、こうした荒々しい闇の世界が生んだ出来たての夫婦であった。どの採炭場《キリハ》でもそうであるように、二人は組になって男は採炭夫《さやま》を、女は運搬夫《あとむき》を受持った。若い二人は二人だけの採炭場《キリハ》を持っていた。そこでは又、小頭の眼のとどかぬ闇が、いつでも二人を蜜のように押し包んだ。けれども例外ということの認められないこの世界では、二人の幸福も永くは続かなかった。
 それは流れ落
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