の連結にとりかかった。係長は工手を残して歩き出した。
 広場の事務所には、もう四人の嫌疑者達が、巡査と三人の小頭に見張られて坐り込んでいた。
 お品はいつの間にか寝巻を着て、髪を乱し、顔を隠すようにして羽目板へ寄りかかりながら、ぜいぜい肩で息をしていた。兄の岩太郎は、顔や胸を泥に穢したまま鳩尾《みぞおち》をフイゴのように脹《ふく》らしたり凹《へこ》めたりしながら、係長がはいって行くから睨みつづけていた。
 峯吉の父親は、死んだ魚のそれのような眼で動きもせずに一つところを見詰めつづけ、母は小頭の腕に捕えられながら、時どき歪んだ笑いを浮べてはゴソゴソと落着がなかった。
 係長は四人の真ン中につッ立つと、黙ってグルリと嫌疑者達を見廻した。
「これで峯吉の身内は全部だな」
「はい。あとはアカの他人ばかりで」
 小頭の一人が云った。
 事務所は幾部屋かに別れていた。係長は小頭へ四人の嫌疑者を一人ずつ連れ込むように命じて、巡査と二人で隣の部屋へ引帰ると、そこのガタ椅子へ腰を降ろして陣取った。
 最初に岩太郎が呼び込まれた。
 係長は一寸巡査に眼くばせすると、乗出して岩太郎へ向き直った。そしてなにか大きな声で呶鳴りつけようとでも思ってか、息を呑みこむようにしたが、直ぐに気持を変えて、割に優しく口を切った。
「お前は、さっきあれから、妹を抱えて何処へ行った」
「……」
「何処へ行ったか?」
 しかし岩太郎は、係長と向合って腰掛けたまま、脹《ふく》れ面をして牡蠣《かき》のように黙っていた。
 巡査がまごついて横から口を出した。
「もっとも、何ですよ、この男とあの女は納屋から連れて来たんですがね……」
 納屋と云うのは、竪坑を登った坑外の坑夫部落の納屋のことであった。係長は巡査へは答えずに、岩太郎へ云った。
「わしの訊いとるのは、あれからお前が、真ッ直ぐに納屋へ行ったかどうか、と云うことなんだ」
 すると岩太郎が、やっと顔をあげた。
「真ッ直ぐに行った」
 ぶっきら棒な返事だった。
「間違いないな?」
 係長の声が引締った。岩太郎は、黙ったまま小さく頷いた。
「よし」係長は傍らの小頭の方へ向直って云った。「ひとまずこの男は、そちらの部屋へ待たして置け、それから、お前は直ぐに竪坑の見張へ行って、この男が何時に女を抱えて出て行ったかシッカリ訊いて来るんだ」
 小頭は、すぐに岩太郎を連れて出て行った。
 続いて今度はお品が呼び出された。女が椅子につくと、巡査が係長へ云った。
「この女には、発火の原因に就いても調べるんでしたね」
 係長は黙って頷くと、女へ向った。
「安全燈《ランプ》から発火したんだろうな?」
「……」
「火元は安全燈《ランプ》だろう?」
 お品は力なく頷いた。
「お前の安全燈《ランプ》か、亭主の安全燈《ランプ》か、どちらだ?」
「わたくしのほうです」
「じゃアいったい、どうして発火したのか。その時の様子を詳しく云ってみろ」
 お品はこの問にはなかなか答えなかった。が、やがてポロッと涙をこぼすと、小声でボソボソと俯向いたまま喋りだして行った。お品がその時のことをどんな風に述べていったか、しかしそれは、ここでは云う必要がない。お品の陳述、既に物語の冒頭に記したところと寸分違わなかった。
 さて女の告白が終ると、係長は姿勢を改めて口を切った。
「いずれその時のことは、またあとから発火坑の現場について、お前の云ったことに間違いないか調べ直すとして……これは別のことだが、お前はあの時、兄に抱かれて納屋へ帰ったと云うが、確かにそれに間違いないか?」
 しかしこれは、訊ねる方に無理があった。お品はあの時、恐怖の余り顛倒して岩太郎に抱えられた筈であるから、それから岩太郎と共に真ッ直ぐに納屋へ連れ帰されたかどうか、女自身にも覚えのない筈であった。しかし係長にして見れば、この場合お品も岩太郎も、共に怪しまないわけにはいかなかった。そこで係長は重ねて追求しようとした。
 が、この時事務所の扉があいて、さっきの小頭が見張所の番人を連れて戻って来た。
 カラーのダブついた詰襟の服を着て、ゴマ塩頭の番人は、扉口でジロッと岩太郎とお品を見較べると、係長の前へ来て云った。
「この二人でございますね? ハイ、確かに、十時二十分頃から十時半までの間に、ケージから坑外《そと》へ出て行きました」
「なに、十時半より前に出て行った?」
「ハイ、それはもう確かで、そんな時分に坑夫で坑外《そと》に出たのは、この二人だけでござんすから、よく覚えとります」
「そうか。では、それから今しがたここへ連れ込まれるまでに、一度も坑内へ降りはしなかったな?」
「ハイ、それは間違いございません。ほかの番人も、よく知っとります」
「そうか。よし」
 番人が帰って行くと、係長は巡査と顔を見合せた。
 
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