い方によっては甚だ危険なものであるから、炭坑はこれに専用者の番号をつけて、坑口の見張所でいちいち入坑の時に検査をさしていた。その安全燈《ランプ》の一つが所属不明で転っていたと云うのであるから係長の顔は瞬間固くなった。
「何番だ?」
「は[#「は」は太字]の百二十一です」
「は[#「は」は太字]の百二十一?」
 監督が首を傾《かし》げた。係長は炭車《トロ》から飛び降りると、運搬夫《あとむき》へ顎をしゃくっていった。
「見張所へ行って、は[#「は」は太字]の百二十一の坑夫は誰だか、直ぐに聞いて来てくれ」
「こういうゴテゴテした際に」監督が乗り出して云った。「こんなだらしのないマネをする奴がいるから困る」と坑夫へ向って、
「いったい、何処で拾ったんだ」
「水呑場の直ぐ横に、置き忘れたように転っていました」
 水呑場――とは云っても、自然に湧き出す地下水を水甕《みずがめ》に受けているに過ぎなかった。それはこの片盤では、突当りの坑道にあった。そこは片盤坑道の終点になっていて、そこには穴倉や一寸した広場もあった。広場には野蛮な便所もあった。坑夫達は口が渇くと、勝手にそこへ出掛けては水を飲んだ。
「置き忘れただって? よし、その坑夫が判ったら処罰するんだ」
 監督は苛立たしく呶鳴りつけた。係長は、そこらにうろうろしている運搬夫《あとむき》たちが、皆んな安全燈《ランプ》を持っているかどうかと見廻わした。むろん誰れも闇の世界で光を忘れているものはなかった。この場合、忘れると云うことは絶対にあり得ない。それは恐らく、忘れたのではなくて、故意に置いて行ったとよりとりようがない。故意に置いて行ったということになると、恐らくその坑夫は、光が不要であったか、それとも有っては却って邪魔になったか――しかしそんなことを詮索しているうちに、さっきの運搬夫《あとむき》の女が、炭車《トロ》を持たずに蒼くなって駈け戻って来た。
「は[#「は」は太字]の百二十一は、死んだ峯吉の……」
「なに?」
「ハイ、その峯吉ッつァんの安全燈《ランプ》だそうです」
「なんだって? 峯吉の安全燈《ランプ》……」
 係長は瞬間変テコな顔をした。
「待てよ。峯吉の安全燈《ランプ》……?」
 ――まさか、峯吉の安全燈《ランプ》が出て来ようとは思わなかった。峯吉では、いまはもう処罰のしようもない。いや、処罰の処罰でないのと云うより
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