は、鉄扉のような思索の闇にぶつかった。
最初係長は、技師の殺害に当って、早くも事の真相を呑み込むと、峯吉の復讐者となり得る人びとの全部を捕えて片ッ端から調査にとりかかったのであるが、しかしその四人の嫌疑者の調査の進行の途中に於て、技師と同じ意味で古井工手が殺害されてしまったのだ。しかも四人の嫌疑者達は、工手の殺害が行われる間中確実に事務所へとじこめられて、一歩も外へは出ていない。それでは犯人は、その四人以外の他人の中にあるか? しかしいまどきの魯鈍な坑夫の中に、他人のために怨みを継いで会社の男を次々に殺していくような、芝居染みた気狂いはいる筈がない。
係長は、いままで鼻の先であしらっていたこの事が、意外な難関に行き当ってしまうと、もうまるで糸の切れた凧《たこ》のようにアテもなくうろたえてしまった。
ところが、ここで係長の暗中模索に、やがてひとつの光が与えられた。けれどもその光たるや、なんともえたい[#「えたい」に傍点]の知れぬ燐のような光で、却って係長を青白い恐怖の底に叩き落してしまうのだった。
滝口坑では、いつでも死傷者に対して炭坑独特の荒っぽい検屍を、救護室で行うことになっていた。それは坑道が、電気が処々についているとは云っても、炭塵にまみれた暗い電気であったからでもあり、また坑道は炭車《トロ》の通行に必要な程度にしか設計されていず、なにかと手狭で、そうした支障のために少しでも出炭率の低下するのを恐れたからでもあった。
医員の仕度が出来て救護室へ下って来た知らせを受けると、係長は、とりあえず二つの屍体を救護室に移すことにして、来合せた炭車《トロ》へアンペラを敷いて屍体を積み込んだ。そして自分も監督や巡査と一緒に後の一台へ乗ろうとした時であった。
一人の若い坑夫が、己れの安全燈《ランプ》のほかに火の消えた安全燈《ランプ》を一つ持って、片盤坑の奥から駈け出して来た。坑夫は係長を見ると、立止って固くなりながら云った。
「水呑場で、安全燈《ランプ》を一つ拾いました」
「なに、安全燈《ランプ》を拾った?」
係長は険しい顔で振り返った。
炭坑では、安全燈《ランプ》は、坑夫の肌身を離すことの出来ない生命であった。それはただ暗い足元を照すと云うばかりではなく、その焔の変化によって爆発|瓦斯《ガス》の有無を調べる最も貴重な道具でもあった。しかし先にも述べたように扱
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