》の上へ置きながら、ふと、クルミさんの頭の中へ、とてつもない考えがひらめいた。すると、前よりもはげしくクルミさんの手足はふるえ出した。が、その眼は、急にいきいきと輝き出した。
 しばらくクルミさんは、どうしようかと迷っているようであったが、窓の向うに国府津の海が見えだすと、いきなりクルミさんは、制服のポケットの中へ手を突っ込んだ。そして、真紅のリボンのかかった、小さな美しい木箱をとり出した。
 それは、信子さんへのお祝いに、こっそり買求めて来た、あの香水だった。
 クルミさんは、ものに憑《つ》かれたような手つきで、ぶるぶる顫《ふる》えながら、その美しいリボンをほどき、レッテルをはがして、木箱の蓋《ふた》をあけると、中から、円い、可愛い香水の瓶をとり出し、その栓の封を切った。
 クルミさんは、静かに前かがみになった。
 栓を抜いた香水の瓶を、居睡《いねむ》っている紳士のほうへ、ワクワクふるえながら差出し、差出したかと思うと、素早く瓶の口を下へ向けて、紳士の洋服へ、惜しげもなくタラタラと中身を流しつくしてしまった。
 列車は、国府津駅にとまった。
 なおも居睡りつづける紳士を残したまま、ク
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