たのだ。やがて機関車が着くと、素速く梯子から機関車の框《フレーム》へ飛び移って、乗務員に発見されない様に、汽罐の前方を廻って反対側の框《フレーム》に匐《は》いつくばっていたに違いない。一方、機関助手の土屋良平は、そんな事も知らずに給水作業に取掛る。そして、あの恐ろしい機構《からくり》に引掛って路面の上へ俯伏《うつぶせ》にぶっ倒れる。すると操縦室《キャッブ》にいた井上順三が、何事ならんと驚いて、操縦室《キャッブ》の横窓から、半身を乗出す様にして覗き込む。と、そうだ。恰度その時を狙って、反対側の框《フレーム》に蹲《うずくま》っていた犯人は、素速く操縦室《キャッブ》に飛び込むと、井上順三の背後から、鋭利な短刀様の兇器で、力任せに突刺したんだ。――」
 すると今まで黙って聞いていた司法主任が急に眉を顰《ひそ》めて、
「じゃあ、つまり貴方は、機関車を動かしたのは、犯人だ、と仰有《おっしゃ》るんですね?」
「無論そうです。この場合、犯人以外には機関車を動かす事は出来なかった筈です。――従って犯人は、操縦技術を知ってる男で、犯行後再び機関車からこちらの梯子へ飛び移る前に、素速く発車|梃《てこ》を起し、加速装置《アクセンレーター》を最高速度に固定したに違いありません。そして給水タンクから貨物ホームへ、屋根伝いに逃げ去りながら、撥形鶴嘴《ビーター》をパイルとランプ室の間へ投げ捨てて行ったのです。一方、操縦室《キャッブ》の床に倒れていた井上順三の屍体は、機関車の加速度と、曲線《カーブ》に於ける遠心力の法則に従って、あの通りに投げ出されます。だが、ここで問題になるのは、何故犯人は[#「何故犯人は」に傍点]、犯行後機関車を発車させたか[#「犯行後機関車を発車させたか」に傍点]? と言う点です。が、この最後の疑問を突込む前に、僕は、いまひとつ、新しい発見を紹介しよう」と、それから喬介は明かに興奮を浮べた語調で、「この鉄蓋《やね》の上を見給え。いま吾々がこうしていると同じ様に、犯人も、必ず此処の上では匐《は》って歩いたのです。そしてしかも、あの重い撥形鶴嘴《ビーター》は、この通り、自分より少しずつ先へ投げ出す様にして運びながら匐進《ふくしん》したのです。それにもかかわらず、どうです、犯人の掌《て》の跡は、右掌だけで、何処を見ても左掌の跡はひとつも無いじゃあないですか。――つまり、犯人は、右手片腕の男です!」
 そして、吃驚《びっくり》している私達を尻眼に掛けながら、喬介はタンクの梯子を降りて行った。そして其処で騒いでいた助役を捕えると、
「当駅の関係者で、左手の無い片腕の男があるでしょう?」
「ええッ!――片腕の男※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
 助役は、急にサッと顔色を変えると、物に怖《おじ》けた様に眼を引きつけて、ガクガク顫えながら暫く口も利けなかった。が、やがて、
「あ、あります」
「誰れですか?」と、喬介は軽く笑いながら、「――それは、多分……」
 すると助役は、不意に声を落して、
「え、え、駅長です」
 ――私は驚いた。
 そして、満足そうに煙草に火を点けている喬介を、いっそ憎々しく思った。が、流石《さすが》は司法主任だ。直ちに彼は、数名の部下を督励して本屋《ほんおく》の駅長室へ馳けつけて行った。
 が――、間もなく司法主任は、興奮しながら飛び帰ると、
「手遅れです。駅長は短刀で自殺しました!」
「自殺※[#感嘆符疑問符、1−8−78]――失敗《しま》った」
 今度は喬介も一寸驚いた。
 可哀想な助役は、機関庫主任と一緒に、転ぶ様にして本屋の方へ馳けつけて行った。
 私は、驚きながらも、喬介の興奮の静まるのを待って、この殺人事件の動機に就いて、訊ねて見た。すると喬介は、重々しく、
「多分、――復讐だよ」
 と、それなり黙ってしまった。
 恰度その時、助役と機関庫主任が、一層興奮してやって来た。そして助役は、喬介へ、
「私は、気狂いになりそうだ!――ともかく、運搬車《モーター・カー》へ乗って下さい。只今、N駅からの電信に依ると、疾《とっく》の昔に着いて、と言うよりも、そこで恐るべき衝突事故を起してる筈の73号が、まだ不着だそうです!……事故は、途中の線路上で起ったのだ!」
 で、私達は、早速二番線に置かれてあった無蓋の小さな運搬車《モーター・カー》へ乗込んだ。
 やがて線路の上を、ひと塊《かたまり》の興奮が風を切って疾走し始めた。が、駅の西端の大きな曲線《カーブ》の終りに近く、第二の屍体が警官の一人に依って見張られている地点まで来ると、急に喬介は立上って車を止めさした。そして助役へ、
「73号は、此処の亙《わた》り線を経て、下り一番線から下り本線へ移行する筈だったんですか?」
「そうですとも。そして、勿論そうしたに違いないです」
 すると喬
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