介は笑いながら、
「ところが73号は、この亙り線を経て本線へ移ってはいないのです!――この屍体の位置を御覧なさい。もしも73号が、この亙り線へ移ったのであったならば、遠心力の法則が覆えされない限り、屍体はカーブの内側、即ちこの転轍器《ポイント》の西方へ振落される事は絶対にないのです。そして、何よりも先ず、こちらの一番線の延長線上を見て下さい。ほら、亙り線と違って、雪が積っていないじゃあないですか!――とにかく駅長の仕事です。転轍器《ポイント》の聯動装置ぐらい楽に胡魔化せますよ。ところで、この先の線路は、何になっていますか?」
「車止めのある避難側線です。――もっとも途中の転轍器《ポイント》に依って、三|哩《マイル》先の廃港へ続く臨港線に結ばれていますが」
「ふむ。とにかく、出掛けて見ましょう」
 そこで転轍器《ポイント》が切換えられると、私達を乗せた運搬車《モーター・カー》は再び疾走《はし》り出した。そして、雪の積っていない軌条を追い求める様にして、もうひとつの達磨転轍器《だるまポイント》を切換えた私達は、とうとう臨港線の赤錆た六十五|封度《ポンド》軌条の上へ疾走《はし》り出た。
 もう風も静まって大分白み掛けた薄闇の中を、フル・スピードで疾走《はし》り続けながら、落ついた調子で、喬介は助役へ言った。
「これで、大体この事件もケリ[#「ケリ」に傍点]がつきました。で、最後にひとつお尋ねしますが、駅長が片腕になられたのは、いつ頃の事でしたか?」
「半年程前の事です。――何でもあれは、入換作業を監督している際に、誤って機関車に喰われたのです」
「ふむ。では、その機関車の番号を、覚えておりますか?」
 すると助役は、首を傾《かし》げて、一寸記憶を呼び起す様にしていたが、急にハッとなると、見る見る顔を引き歪めながら、低い、嗄《しゃ》がれた声で、呻く様に、
「ああ。――2400形式・73号だ!」

 それから数分の後――
 荒れ果てた廃港の、線路のある突堤埠頭《ビヤー》の先端に、朝の微光を背に受けて、凝然と立|竦《すく》んでいた私達の眼の前には、片腕の駅長の復讐を受けた73号を深々と呑み込んだドス黒い海が、機関車の断末魔の吐息に泡立ちながら、七色に輝く機械油を、当《あて》もなく広々と漂わしていた。
[#地付き](「新青年」昭和九年一月号)



底本:「とむらい機関車」国書刊行会
   1992(平成4)年5月25日初版第1刷発行
底本の親本:「死の快走船」ぷろふいる社
   1936(昭和11)年初版発行
初出:「新青年」博文館
   1934(昭和9)年1月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:大野晋
校正:川山隆
2008年11月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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