は、あの屍体に関する限り、大体間違いない様だよ。つまり、屍体は、タンク機関車73号から墜《おと》されたもので、同時にこれらの血の雫は、同じ73号の操縦室《キャッブ》の床の端から、機関車が給水で停車している時から落始めたものだ、と言う風にね。そして先生、73号の、被害者と同乗した被害者以外のもう一人の、或は二人の、乗務員に対して、有力な嫌疑を抱いているらしい。ま、大体素直な判定さ。だが、僕は、その推理に就いて云々する前に、あの屍体の奇妙に開かれた両脚や、五指を固く握り締めたままの右掌に対して、何よりも大きな興味を覚えるよ。そしてだね君。あの屍体の傷口を思出してくれ給え。あの傷は、打撲に依る挫創並に骨折で、決して出血の多いものではなかった筈だ。ね。それにもかかわらず、ほら、御覧の通り、機関車の操縦室《キャッブ》の床から落ちた血の雫は、こんな処まで続いているじゃないか※[#感嘆符疑問符、1−8−78] いや、それどころかまだまだ西方《むこう》まで続いている様だ。――ひとつ、僕達は、その血の雫の終る処までつけて行って見ようじゃないか」
で喬介は再び歩き出した。私は一寸身顫いを覚えながら、それでも喬介の後に従った。
嵐はもう大分静まっていたが、この附近の路面には建物がないので、広々とした配線構内の上には、まだ吹止まぬ寒い風が私達を待っていた。喬介は線路の上を歩きながら、何かブツブツ呟いていたがやがて私へ向って、
「君。この血の雫の跡を見給え。落された雫の量の大きさは少しも変っていないのに、その落された地点と地点との間隔は、もう二|米《メートル》余にも達している。僕は、先刻《さっき》からこの間隔の長さが、追々に伸びて行く比率に注意しているよ。それは余りに速く伸び過ぎる。――つまり73号機関車は、あの給水タンクの地点から急激に最高速度で出発させられたのだ[#「急激に最高速度で出発させられたのだ」に傍点]。――大体、入換用のタンク機関車などと言う奴は、僕の常識的な考えから割出して見ても、牽引力の大きな割に速力は他の旅客専用の機関車などより小さい訳だし、それに第一|転轍器《ポイント》や急|曲線《カーブ》の多い構内で、そんな急速な出発をするなんて無茶な運転法則はないんだから、この73号の変調は、先ずこの事件の有力な謎のひとつと見て差支ないね」
そこで、歩きながら私が口を入れた。
「しかし、もしもその機関車の操縦室《キャッブ》の床に溜った血の量が、全体に少くなって来たのだとしたなら、雫の大きさは同じでも、落される間隔は、あたかも機関車の速度が急変したかのように、長くなるのじゃないかね?」
「ふむ。仲々君も、近頃は悧巧《りこう》になったね。だが、もしも君の言う通り、そんなに早く機関車の方の血が少くなって来たのだとしたなら、この調子では、もう間もなく血の雫は終ってしまうよ。――其処まで行って見よう。果して君の説が正しいか、それとも、僕の恐ろしい予想に軍配が挙がるか――」
で、私達は二人共亢奮して歩き続けた。
もうこの附近はW駅の西端に近く、二百|米《メートル》程の間に亙って、全線路が一様に大きく左にカーブしている。私達は幅の広いそのカーブの中を、懐中電燈で血の雫の跡を追いながら、下り一番線に沿って歩き続けた。が、間もなく私の鼻頭には、この寒さにもかかわらず、無気味な油汗がにじみ始めた。――私は、喬介との闘いに敗れたのだ。
線路の横には、喬介の推理通り行けども行けども血の雫の跡は消えず、タンク機関車73号は、明かに急速度を出したらしく、もうこの辺では、血の雫の跡も五、六|米《メートル》置きにほぼ一定して着いていた。そしてそのカーブの終りに近く、下り一番線から下り本線への亙り線の転轍器《ポイント》の西で、とうとう私達は、異様な第二の他殺屍体にぶつかってしまった。
三
屍体は第一のそれと同じ様に、菜っ葉服を着、従業員の正帽を冠った、明かに73号の機関手で、粉雪の積った砂利面の上へ、線路に近く横ざまに投げ出されていた。――辺りは、一面の血の海だ。
私は、直《ただち》に喬介を置いて元来た道を大急ぎで引返した。そして司法主任や警察医の連中を連れて、再び其処へ戻った時には、もう喬介は屈み込んで、綿密な屍体の調査を始めていた。
やがて喬介|並《ならび》に警察医の検案に依って、第二の屍体は、第一のそれと殆ど同時刻に殺されたもので、致命傷は、鋭利な短刀様の兇器で背後から第六胸椎と第七胸椎との間に突立てた、創底左肺に達する深い刺傷である事が判った。尚、屍体が機関車から投げ出された際に出来たらしく、顱頂骨《ろちょうこつ》の後部に近くアングリ口を開いた打撲傷や、その他全身の露出面に亙る夥しい擦過傷等も明かになった。
私達は協力して暫く
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